〈新しい私たち〉のなかで、〈私〉が育てられる。

大谷中学高等学校 学校長     飯 山  等   

半世紀前、私は岐阜市内の高校に入学しました。1学年は500名。山あいの小さな集落に生まれ育った私にとって、それは鮮烈なスタートでした。上級生を含めて1500名、先生は100人に及びます。私はその誰をも知らないし、その誰もが私を知りません。その途絶感と孤独感は私を強く緊張させました。
 具体的な日常がどのようなものであったか、今は、余りに多い教室に迷って上級生のHR教室に入ってしまったことなどが微笑ましく思い出されるぐらいです。しかしあるときから、この始まりが、私の今に真っ直ぐに繋がっている、現在の起点がこのときにあるとの思いをしきりに抱くようになりました。まったく新しく出会った仲間によって、私のなかに「新しい私たち」が生まれ育ち、そしてその私たちが、私の中から、今までの私が知らない「新しい私を生み育ててくれた、のだと。
 今年の成人の日(1月11日)にも、5分の3を超える多くの卒業生が本校に集い、斉しく「大谷の子」であることを確かめ合い、新たな出発を印してくれました。この集いは「私たちは大谷から始まった!」という卒業生の声から自発的に生まれて、今年で8年になります。
それぞれ3年間・6年間のときを、ここ大谷で共にした。そのことを人生のたいせつな時として確かめ、共有し、それぞれの胸に刻して、さらなる未来へと歩もう。このことが学校側の企図的な呼びかけによって始まったのではないことに、大谷を人生の場としてきた者の一人として、胸が熱くなるのを感じます。
大谷が人生のひとときの通過場所として、すぐさま後方に過ぎ去ってしまうのではなく、その人生を貫いてつねに現在であり続ける〈時〉であり、〈場〉であることを証しする集いであると、慶びとともに、あらためて重い責任を感じることです。
大谷はそのような時が現成する学び舎としてこれからも在り続けたいと思っています。